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[THE LEGENDS ATHLETE OF TOCHIGI]

2018年1月13日

第15回 2017年ドラフト.オリックス1位指名 プロ野球 田嶋 大樹(たじま だいき)

1996年8月3日、宇都宮市に生まれる。
7歳の時に、友人の誘いで、宝木ファイターズの投手として軟式野球を始める。
中学生になると、クラブチーム 鹿沼ボーイズにて、硬式野球を始めた。

その才能は早くも開花し、中学3年生の夏、日本代表に選出。
世界選手権に出場し、銅メダルを獲得した。

高校は佐野日大高校に入学。
1年からベンチ入りし、2年生 春の関東大会からは背番号1を付けて活躍した。
3年の春のセンバツ1回戦では、最速145キロを記録し、5安打無四球、12奪三振で完封勝利を挙げ、準決勝まで勝ち進み、ベスト4に。

2試合連続の延長戦などで疲労こんぱいで、
「一瞬、心が折れたて、初めて『本当に無理だ。もう代えてくれ』と思った」と
準決勝を振り返る。
そして3年の夏、甲子園 栃木県予選の決勝・作新学院戦に登板。
左脇腹の炎症で5回1/3を2失点で途中降板。
チームは敗退し、春夏出場を逃した。

検査の結果、大事には至らず、8月には練習を再開。
「ドラフト1位候補」騒がれたが、本人の意思で、社会人チーム JR東日本でのプレーを希望し入団。
複数のプロ野球チームのスカウトから引き合いがあったが、
「まだ自分にプロは早いのかなと思いました。高校3年間は、けがばっかりだったので、
まだプロでやる能力はないです。まだ力不足なので、前から社会人でやりたいと思っ
ていた」と固い決意だった。

田嶋は…「社会人でしっかりトレーニングを積み、3年後から20年できるような
 プロ野球選手になりたい。
 プロに一番近いと思っているリーグで環境も整っている。しごかれると思うので覚悟の上で
 社会人野球にいきます」と語った。

社会人1年目から公式戦で登板。
2015年アジア選手権、2016年 第1回U-23 W杯、2017年アジア選手権と、
日本代表で出場。
順調に成長して、日米各球団スカウトが、目をつける存在になった。

2017年のドラフト会議は10月26日に行われた。
早稲田実業高校の清宮幸太郎選手が注目されたが、
オリックスのスカウトは、田嶋選手を1位指名した。

プロに行くなら、1位指名。と決めていた田嶋は、念願かない、オリックスと入団契約。

2018年シーズンのプロ野球での活躍に期待したい!

2018年1月6日

第14回 車いすバスケットボール 増渕 倫巳(ますぶち ともみ)

車椅子バスケットボール 2012年ロンドンパリンピック日本代表の増渕は、
1977年2月12日、栃木県宇都宮市に生まれた。

栃木県立宇都宮南高校に入学した増渕は、バスケットボール部に入部した。
2003年4月、高速道路でトラックに追突させて、脊髄損傷。
車椅子生活を余儀なくされた。
何とか、社会復帰を1日でも早くと前向きに考えリハビリに取り組んでいた
そんなある日、リハビリセンターで車椅子バスケと出会った。

「障害者になったからこそ、できることをやろう」と心に決め、
栃木レイカーズにて、車椅子バスケットボールを始める。

やるからには、日本代表を目指してと、練習に励んだ。
しかし、始めた当初は、自分より重い障害の選手にも競り負け、
シュートもゴールまで届かなかった。

通常の練習日意外にも自宅周辺などで、毎晩夜中までストイックに苦しい練習を重ねた。
競技を始めて5年目、ついに『北京パラリンピック』の代表候補として招集された。
しかし、最終選考でメンバーから漏れて、目標であったパラリンピックに出場することはできなかった。

しかし、折れずに、その悔しさをバネに練習を重ね、
2010年、車椅子バスケットボール世界選手権大会、広州アジアパラリンピックに
日本代表として出場。
さらに、自分の力を試すため、日本No.1クラブチーム「宮城MAX」に移籍。

仕事をしながら、週末は仙台にという生活をして、
2012年には、念願の『ロンドンパラリンピック』に日本代表として出場を果たした。


…正直、アスリートとして、東京パラリンピックも目指したい気持ちはあるが
今まで、自分のやりたいことをやらせてもらって、妻と娘の家族を犠牲にしてきたので、今度は、家族のためにできることをしていきたい。
もちろん、次への挑戦も考えている。

増渕は、競技と両立する為、再び地元・栃木レイカーズに戻り、地元の為にと活動を開始。


今、若手の育成と、車椅子バスケの普及に取り組んでいる…

  
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