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2017年11月9日

私のマザーテレサ 兵庫県48歳 本田よう子様

私のマザーテレサ 

私が四歳半の時、母が他界し、途中継母との生活もあったが、
十九歳で一人暮らしをするまでの大半を祖母に育ててもらった。
団地住まいで質素な生活だった。
家族4人のその日の夕食と次の日のお弁当のおかず、
朝食の食パンを1000円で収めるという暮らしぶりだった。
そんな中、祖母とスーパーの帰りに二人でこっそり食べたお好み焼きや、
お豆腐屋さんのわらびもちは、格別幸せな時間だった。
祖母が好きだったネスカフェのゴールドラベルのインスタントコーヒーも
一緒に飲むようになり、祖母と過ごす、心穏やかな時間のおかげで、
母のいない寂しさや不安を感じることはほとんどなかった。


修学旅行の朝、外まで見送りに出てくれ、
「大きなったね。おかあさんに見せてあげたい。」と涙ぐみながら
背中をそっと撫でてくれた。その時の祖母の骨ばった手から、
今まで注いでもらっていた愛の温度を直に感じた。
泣きそうになりながら後ろ手で手を振り、その場から逃げるように
学校に向かった。
はっきりと一度、そんな祖母を傷つけてしまったことがある。
家庭科実習で、忘れ物をし、祖母に届けてもらった時だ。

私と同じように、忘れ物をしたクラスメイト2人と、
校門で待っていた。
息を切らしながら届けてくれた祖母から、忘れ物のお米を受け取ると、
「はよ帰って」と祖母に背を向けてしまった。
この時初めて、今まで「母がいない」ということを平気そうにしていた
自分に気がついた。
クラスメイトに家庭のことを知られたくなかった。
祖母には謝ることもできず、ささくれのままだ。
大人になって見返した保育園のアルバムおなかに、芋掘りを一緒にしてくれている祖母を見つけた。
母がなくなってすぐのようである。一張羅のベージュのスーツを着た祖母の優しく包み込むような微笑みがあった。
私にとって祖母は母だった。そしてマザーテレサのような存在、愛そのものであった。

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