[さくらカフェブレイク]2012年9月12日
*旧奥州街道をウォーキング*さくら市観光ボランティアの会の会長・海老原忠夫さんのご案内で旧奥州街道をウォーキングしてきました♪
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今月のカフェブレイクはスポーツの秋特集! スポーツ・体を動かすことにスポットをあててお伝えしていきます。 今週は ウォーキング。 さくら市観光ボランティアの会の会長・海老原忠夫さんに 旧奥州街道をご案内いただき歩いてきました♪ さくら市で制作した「奥州街道お出かけハンドブック」という本を片手に歩いたんですが このハンドブックには さくら市の奥州街道沿いの歴史を感じられるスポットが55カ所も載っています。 その中から今回は海老原さんおすすめのコースをご案内いただきました。 出発地点は早乙女坂古戦場。 どこにあるかと言いますと・・・ 国道293号線を氏家から喜連川方面に向かうと 右に大きくカーブする箇所があるんですが そこをカーブせず直進します。 セブンハンドレッドクラブの看板が目印です。 まっすぐ進むと右手に大きないちょうの木があります。 そこがスタート地点。早乙女坂古戦場の入口です。 それから 旧奥州街道の古道を通り→喜連川が生んだ歌人・高塩背山のお墓→羽黒地蔵堂。 という およそ1時間弱のコース。 待ち合わせの早乙女坂古戦場入口に着くと 帽子にリュックというウォーキングスタイルの海老原さんが笑顔で迎えてくれました。 私も負けじと ぺたんこ靴に首にはタオル!! いざ 出発!! まずは 早乙女坂古戦場。 古戦場の入口には「早乙女坂古戦場」という木の看板が立っています。 この古戦場は460年くらい前に喜連川の塩谷軍と那須氏の連合軍が宇都宮軍と戦った場所。 塩谷・那須氏が500騎に対し宇都宮氏が2000騎という大合戦。 その戦いで塩谷・那須氏の鮎ケ瀬弥五郎が 宇都宮氏のお殿様を背後から弓で射落とした!ということで 宇都宮勢が敗走したんです。 500騎VS2000騎の500が勝利したんです!すごいですよね。 そこで 鮎ケ瀬弥五郎が手にした報奨金で 宇都宮氏のお殿様・尚綱の戦死を悼んで五輪塔をこの古戦場に作り冥福を祈ったそうな。 自分が倒した敵陣の尚綱の冥福を祈り立てた五輪塔。 なんて優しい素敵な方なんでしょう。鮎ケ瀬弥五郎。 古戦場は石段を登った先に広がっています。 細い石段。この石段。 地元の人でもこんなところに階段があるなんて 知らない方も多いのではないでしょうか?? 階段を登りきると目の前に広がる景色。 ここがまさに戦いの場。 黄色い田んぼが広がっていて それを包むように空が広がっていて 鳥の鳴き声が聞こえて。 とてものどかな雰囲気ですけど その話を聞いてからこの場に立つと なんだか460年前の戦いの光景が目に浮かぶようです。 一面に500騎対2000騎が戦う光景。 そしてその場に五輪塔もあります。 木造りの小屋のような建物の中に五輪の石碑が入っています。 自分が戦って倒した相手を祀るために自ら建てた五輪塔。 そしてそれが460年くらい前からここにずっとあるということ。 そう思うと ぐっと胸にこみ上げてくるものがありました。 そっと小屋の扉を閉めて 次なるスポットへ。 ![]() 向かう先は奥州街道の古道。
古道の入口まで歩いていく途中 温泉の良い香りが!! 早乙女温泉です。 温泉入りたいなあ。なんて気分になりつつ早乙女温泉を横切りながら思うのは ここに車で来たことはあれど 歩いて来る機会ってなかなか無かったなあ。ってこと。 歩くことで分かったこと。 今まで感じられなかったものが沢山あって 鳥のさえずりを聴いて 風を感じて 木々の匂いに 喜連川ならでは温泉の匂い。 そして ウォーキング前に雨が降ったせいか 自然の匂いがものすごく感じられる。癒される。 いつのまにか5感がめいっぱい使われていることに気がつきました。 「さくら市には沢山名所が点在しているんですけど そこの歴史などの話を聞いたりすると 見方が変わってくるというか それで歩くと楽しみが増えるんですよね。 再発見することができる。」 と海老原さん。 そんなお話を聞きながら歩いていると 右手に「奥州街道(古道)さくら市指定文化財」と書かれた立派な看板が現れました。 これまで歩いてきた道を少し右にそれて脇道に入って行く古道。 入り口からは先が見えないくらい青々とした木々が 右から左から茂っていて ちょっと古道に入るのを躊躇してしまうほど・・・。 少し勇気を出して古道へGO!! さて、その先に現れた景色は・・・。 ジブリの世界のよう!!! いまにもトトロが出てきそう* 道というか森を切り開いてできた小道のようで 幅も2m70㎝ほど。広い所で4mくらい。 さっきまで車が横を通っていたとは思えないくらい りすとかうさぎとかが出てきそうな素敵な森です♪ ちょっと1本道をそれるだけで こんな素敵な昔のままの雰囲気が体感できるんですね。 「みなさんも想像してもらいたいんですが 参勤交代なんかで江戸から国に帰る時 ここに入ると 山々の連続で 「嗚呼 自分の故郷に入るんだなあ。」という そんな気持ちで歩いていたんじゃないでしょうか。 そして こっちから江戸に行く時は ここを越えると ぱっと眼界が開けて平野が広がり 「嗚呼 もう江戸まで真っ平だ!」という感じで歩いていたんじゃないかな。 だから想像してもらって ここを旅人が歩いたとか 大名行列が通ったとか。 その同じような足跡を私達も歩いてるんだと。」 そんな海老原さんの言葉に歴史に思いを馳せながら歩いていると また看板が。 「高塩背山の墓 入口」 高塩背山とは喜連川神社の神職を務められた方でもあり 喜連川を代表する歌人でもあります。 看板が立っている古道から右にそれて背山のお墓へと向かいます。 森の中の小さな階段を上がっていくと 突き当りに見えてきたお墓。 まだ綺麗な花が咲いているユリが供えられていたので 結構お墓詣りに訪れる方も多いのでしょうか。 森の中にお墓があったんだなあ。というような場所に その背山のお墓はありました。 あたりは シーンとしています。 高塩家のお墓詣りをして 次に向かう場所は羽黒地蔵堂。 この地区を降りたところが羽黒。という地域。 その羽黒のみなさんが代々大事にしている羽黒のお地蔵様です。 そこへ向かう途中 木のトンネルをくぐったり いきなり竹藪が目の前に広がったり。 教科書で小学校の頃に奥州街道を習って知っていたので どんな立派な。というか大きい道なんだろう。と思っていたら この森の小道が旧奥州街道とは。 正直 イメージとは違って 驚きました。良い意味で。 両脇にピンク色のお花が咲いていたり とても素敵な道。 前に進むごとに 心が元気になっていくのが分かる。 最後のスポット 羽黒地蔵堂。 赤い屋根の羽黒地蔵堂。お地蔵さんがこの中に。 言い伝えによると お産でちょっと不安で心配だった産み月の方の夢枕に ここのお地蔵さんが立ったと。 「大丈夫だよ。安心しなよ。」と。 それからここにお参りに来たら 10日後に丈夫で元気な子どもが生まれた。 そう伝えられています。 それからみなさんがここを「子授けのお地蔵さん」として 江戸時代からずーっと大事にされているそうな。 というわけで これからお母さんになる方へ 「元気な赤ちゃんが産まれますように。」 と願いを込めてきました。 そんな私を見て海老原さんが一言。 「熊谷さんもね。」 ・・・。は はい。がんばります・・・!! そんなわけで すべてのスポットをご案内いただきました。 この1時間弱のウォーキング。 さくら市じゃない場所にちょっと小旅行に来たような気分になりました。 パワースポットって言っても良いくらい 歩いていて気持ちいいです。 と言うと 海老原さんも 「私も大好きなんです。ここ。」と満面の笑顔。 「短い距離に色んな歴史が詰め込まれていますから ここを歩くことによって ああ ここを色々な旅人とか大名行列が歩いたんだなあと 想いを馳せながら歩いていくと また違った感覚になるし また違う面の喜連川が再発見できるんじゃないかと思います。 だからぜひ散策してください。」 と海老原さん。 本当に楽しかった! この風景をぜひ沢山の方に見てもらいたい!と心底思いました。 奥州街道おでかけハンドブックには 沢山のさくら市の歴史を感じられるスポットが紹介されていますので ハンドブック片手に 秋の旧奥州街道を歩きながら歴史を感じてみませんか? 元気がでないときは またあの道を歩こう。っと。 ![]() ![]() |